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ことわざ 慣用句  の 紹介  2013年04月

ことわざ 慣用句  の 紹介 

”日々の気になることわざ 慣用句を日記を通して紹介 ” 気ままな暮らしぶりも併せて載せています。

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「高級な時計を彼にあげても豚に真珠だ。彼は興味ないみたいだから・・・。」


よく耳にするこの言葉、語源を確認しながら意味を紹介します。


語源は、なんと、新約聖書(マタイ伝)が語源なのです。



この中に、


「聖なるものを犬に与えてはいけません。また、豚の前に真珠を投げてはなりません。おそらく彼らはそれを足で踏みにじり、向き直ってあなたがたを引き裂くでしょう。」


とあります。


このことから、


値打ちの分からないものに高価なものを与えても、まったく無意味なことのたとえ。


という意味となったそうです。


日本ではなく聖書が語源だったのは意外ですね。





語源からみると、使い方の注意としては、


客観的に高級なものを与えた時に価値がないとみられる場合に用いる


のが正しい使い方です。




ですから、次の場合は、厳密に言えば間違いなのです。


彼 : お前に超レアなココアのマーチ(眉毛付き)をプレゼントするわ。

彼女 : ??? そんなのいらない。 もっとまともなもの頂戴よ!!

彼 : やっぱり彼女にとっては、これも豚に真珠か・・・。  (コアラのマーチは誰が観ても高価とは言えないから


彼の努力も水の泡・・・。 なんだか、可愛そうですね・・・。



語源からすると、「犬に聖書」ということわざ・慣用句もありそうなものですね。








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以前、家庭に来たセールスマンは、見た目の印象は親切だが、内心はノルマのことばかり考えているようだった。


口に蜜あり腹に剣あり」とはこのことだ。



この言葉、何となく意味がわかるかと思います。



これも、古く昔の「唐書 李林甫伝」が由来となっています。



玄宗皇帝の時に、権勢をうまく自分に有利になるように考えた唐の宰相、李林甫を評した言葉として、今に伝えられています。


口というのは、「言葉」を発します。


蜜というのは、「甘い」イメージですね。


腹というのは、「内心」のことです。(口に相対するもの)


剣というのは、「とげとげして恐ろしい」イメージですね。(蜜に相対するもの)



これらをつなげて、


言葉は蜜のように甘く親切に感じられるが、内心は恐ろしいことを考えている


といった意味になりました。



イメージとしては、

プラス(言葉で褒める・お礼をいう。やさしくする。など) → マイナス(内心は嫌い・にくたらしいなど)の時

に使う言葉です。



ですから、


マイナス(口) → プラス(内心)

プラス(口) → プラス(内心)

マイナス(口)→ マイナス(内心)



の3パターンでは、使えません。


×  例  試合で、子供がみるみるうちに連勝していった。内心褒めてやりたかった。しかし、周りの家族もあって、口に蜜あり腹に剣ありで黙っていた。  (これは、おかしい)


この例の場合、「口に蜜あり腹に剣あり」を「ホンネとたてまえ」に置き換えると良さそうですね。


また、四時熟語にも、


面従腹背(めんじゅうふくはい) :    表面は服従するようにみえて、内心は背いている


というものがあります。


こちらの方が、意味合い的に近いものがあります。

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孟母三遷という言葉があるように、農業について勉強するならば、田舎の近くに住んで暮らすとより効果的です。



孟母三遷という四時熟語、普段、あまり耳にしないかと思います。


しかし、この四時熟語には、語源も含め深い意味があります。


語源を解説しながら、意味を調べていきたいと思います。



何をかくそう、「孟母」というのは、「孟子」の「母」のことです。


三遷」というのは、「三回 移動する。」ということです。


これを理解した上で、次の逸話を読み進めてください。




 ~ 話 ~    (烈女伝から)


孟子は幼くして父を失い、が一人で子育てすることになりました。

最初は、「墓場」の近くに住んでいました。

すると、孟子は、墓荒らしの真似ばかりするようになってしまいました。

これでは駄目だと、母は、新たに「市場」の近くに引越ししました。

すると、今度は、市場の商人の真似ばかりするようになってしまいました。

頭を抱えながら、再度、「学校」のそばへ移動しました。

やっと、礼儀・作法や学問を学ぶ姿勢が身につくようになりました。


 ~ 終わり ~     



これらのことから、


子供の教育には、環境が整っていることが大切である


という意味の四時熟語になったと言われています。



しかし、これは、学業優先の意味を与えかねませんので、多々利用するのは控えたほうが良いかもしれません。




(小話を一つ) 



孟母三遷の教えということもあるように、お前たちはここで勉強しなさい。」

ある学者は、子供にそう言い聞かした。

あたりは、自然に恵まれた場所だった。

「しかし、本屋もないこの場所で、何をして勉強するのかな?」

と子供達は思った。



ある学者の考えはこうだった・・・。


「自然のすばらしさを目で体感して自分の記憶として焼き付けておくことで、自然を大切にするようになるだろう・・・。」




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1枚のホットケーキを、3人の兄弟で分けようとしていた時のことです。

兄:「お前ら2人で半分ずつ分けて先にやるから、お互いその半分を俺にくれ!」

2人の弟:「わかった。(なんか兄ちゃんがかわいそう・・・。」

この話を父にしたところ、

「お前たちは、お兄さんに、まんまと騙されたんだよ。最終的には、お兄さんが得してるじゃないか!!まさに、朝三暮四だな・・・。」



この四字熟語は、いったい、どういう意味なのでしょうか?


これも語源を通して知ると、面白いものです。


~  話  ~


宋の国に猿好きな狙公(そこう)という人物がいました。

多くの猿をいっぱい飼っていたために、餌代に困り餌の料を減らすことにしました。

ある日、猿達に、

お前たちに朝には3つ、暮に4つの木ノ実をやることにした。

こういうと、猿たちは怒り出しました。

そこで、

間違えた。朝に4つ、暮に3つだった。

と言い直した。


すると、猿たちは納得したのだ。


~  終わり  ~


朝に3つ暮に4つやるのも、朝に4つ暮に3つやるのも、結局のところ、餌の量は同じなのです。



このことから、


   
(猿の目線から)


①  目先の違いにこだわってしまい、結果が違うことに気づかないこと


(狙公(そこう)の目線から)


②  言葉巧みに人を騙すこと


といった2つの意味をもつようになりました。




両方の立場から考えると、意味もスムーズに理解できますね!!





(小話を一つ)


ある日、おやつにケーキが2つ出ました。

兄はにやけていました。

「よし、弟たちに先に1つずつあげて、あとから半分もらってまた得してやろう。」




さっそく、兄は弟たちに切り出しました。

「お前たちで1個ずつ先にやるから、その半分ずつをおにいちゃんにくれ!!」

弟たちは、

「いいよ!!」

と言いました。

兄は、しめしめと笑っていました。

「また得したぜ!」



実は、弟たちは騙されていたわけではないのです。

ケーキは4つあったのですから・・・。

父の提案で、弟たち2人にそれぞれ一つずつとってもらっていたのです。


結局、朝三暮四だったのは兄のほうだったのです・・・。




おしまい














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ブログ内検索機能が良くなかったため、新たにホームページの上枠に検索機能を設けました。


アクセスカウンターの下側です。 今後画像も載せます。



今まで書いた記事だけですが、ことわざ・慣用句・四字熟語なども、ここで検索してみたら出てきます。


ちょっと気になることわざ・慣用句・四字熟語などがあれば、ぜひ、検索してみてください。




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お金も貯まった彼は、酒池肉林の贅沢をした。


あまり聞きなれないこの四字熟語、いったい、どういう意味なのでしょうか?


これも語源を考えていくと納得がいきます。


~  話  ~


その昔、中国に夏の桀王(けつおう)と、殷の紂王という王様がいました。


二人共、王様という身の上のため、お金には苦労しないため、愛人の言うことなすこと全てに従いました。


毎日、池に酒をいっぱい満たし、庭には肉をいっぱいぶら下げて林に見立てるという生活を行っていました。


終いには、国家財政が破綻してしまい、国が滅亡してしまいました。


(出典)  史記 と 殷記 


~  終わり ~



つまり、池を酒いっぱいにして、肉をいっぱいぶら下げて林に見立てるということから、


贅沢三昧(ぜいたくざんまい)な生活をする


といった意味で使われるようになりました。



語源からいうと、最後にはマイナスになってしまうので、この言葉は、褒め言葉(プラスイメージ)として用いることはナンセンスです。



×  酒池肉林のような生活ができるように頑張ります。  (これはおかしい。)



相手を揶揄(やゆ)したり、非難したり、自分の戒めとしたりする時に使われる言葉だと思っていたほうが良いかもしれません。


○  酒池肉林を送る生活は、堕落の一歩だ。        (これが正しい。)


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彼は、清水の舞台から飛び下りるようなつもりで、高校をやめて働くことを親に言った。



テレビで大家族の番組を観ていると、家族を助けるために、こういうことを言った子供がいたのを覚えています・・・。



この言葉は、いったい、どういう意味なのでしょうか?



清水の舞台とは、京都府にある清水寺のことです。


平安京より古くに建てられたというから驚きです。


本堂(お参り場所)は、山の中原にあります。


この本堂の外側に舞台があります。


山の中原というだけあって、舞台は地面からかなり高いところになっています。


つまり、かなり高い場所から飛び下りるということから



思い切って(命懸けで)物事を行うこと




といった意味になりました。


清水寺参拝の際は、このことを知っておくと、見学も楽しいかもしれませんね・・・。





小話を一つ



清水の舞台から飛び下りるつもりで、仕事を辞めた彼を待っていたのは、借金地獄。

糊口をしのぐ思いで、必死に生計を立てていた。

借金バードにつけられて、毎日寝苦しい夜が続く毎日・・・。

「安易な思いで、やめたらいけないな。」

彼は、後悔の念に駆られていた。



あるとき、彼は、別の消費者金融に駆け込もうとしていた。

一人の老人が、

「ちょっと足をくじいたんだが、病院まで連れて行ってくれんかの?」

「ええ・・・。いいですよ。」

彼は、他にすることもないので、老人を病院まで連れて行くことにした。

「何やってんだろう。」

そう思いながら、彼は老人をおんぶして病院まで連れて行った。



病院へ行くと、看護師と数人の大人が慌てて飛び出してきた。

「社長、どこへ行っていたんですか!!」

「ちょっと、パチンコへいってきたんじゃが、帰りに足をくじいてしまっての・・・。ここの若いんが助けてくれたんよ。」

「そうですが、どうもありがとうございます。私、秘書の○○と申しますが、何かお礼をさせていただきたいのですが・・・。」

彼は、あまりの衝撃の事実にびっくりしてなかなか言葉が出なかった。

風がすうっと突き抜けると同時に、一言ポツリとしゃべった。

「すいませんが、お金を・・・・。いえ、働く場所を提供していただけ・・・・」

「それなら、わしの荷物係をやってくれ。これからも頼むよ!!」

一度仕事から退くことによって、彼は仕事に精を出すことが大切だと気づかされたのだ。




それからというもの、彼の生活は、一転して明るいものになったそうだ。









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「カラオケ屋がいっぱいで、やるせない気持ちを晴らす場所がない。」



普段耳にするこの言葉、いったい、どういう意味なのでしょうか?



これも、語源を考えていくと面白いことがわかります。



やるせない」は、漢字では「遣る瀬ない」と書きます。


ここで、「遣る」と「瀬ない」に分けて考えて見てください。


遣る」には、思いを晴らすという意味があります。

例えば、

「憂いを遣る。」 :  憂いを晴らす というように・・・。(あまり耳にしないが・・・。)




一方、「」とは、ちょっとした場所という意味があります。


例えば、


「浅瀬」:川の流れが浅く歩いて渡れる場所

「潮瀬」:川の流れが急な場所

「立つ瀬がない」:立場がない。(場所



これらのことから、



遣る瀬ないやるせない)は、 


① 思いを晴らす場所がない



という意味になります。



この意味から、


② どうしようもなくて切ない(つらい。) 



といった感情表現としても使われています。



結構、奥が深い言葉ですね!


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