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ことわざ 慣用句  の 紹介  2013年03月

ことわざ 慣用句  の 紹介 

”日々の気になることわざ 慣用句を日記を通して紹介 ” 気ままな暮らしぶりも併せて載せています。

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蛍雪の功あって、彼は、見事本試験に合格した。


私も今年こそは、こうありたいものです・・・。


ところで、この蛍雪の功とはどういう意味なのでしょうか?


これも、語源を知ると面白いものです。



~ 話 ~


東晋の時代、車胤(しゃいん)という人がいました。

彼の家はとても貧しくて、明かりに使う灯油もほとんどありませんでした。

そこで、彼はある方法を考えました。

夏の夜に舞っている蛍を捕まえて、明かり替わりにしようと
・・・。

そして、蛍の明かりを頼りに一生懸命勉強して、見事、高級官僚となりました。


~ 終わり ~




これが、「」のつく理由です。




では、「」は、なぜでしょうか?


実は、もうひとつ同じような話があるのです。




~ 話 ~


孫康(そんこう)という少年も貧しい家庭で育ちました。

彼も、窓の外の雪あかりを頼りに一生懸命勉強して、見事、高級官僚となりました


~ 終わり ~



これが、「」のつく理由です。




これらの二つのエピソード(功績)から、蛍雪の功とは、




非常に困難や苦労があっても、それを乗り越えて成功すること




を意味するようになりました。



「蛍の光」の最初の歌詞に、「蛍の光 窓の雪 ~」とあるのも、この二つのエピソードが語源だと言われています。


これを意識して歌うと、ますます感動的ですね。




(小話を一つ)


そういえば、ドラマに「ホタルのヒカリ」がありましたね。

「ぶちょおー・・・。」

「アホみや!!」

蛍雪の功の意味とは、何となく雰囲気が違いますね・・・。








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「彼のバックには強大な権力者がいる、一人では何もできないくせに・・・。虎の威を借る狐のようだ。」


この言葉よく耳にします。



いったい、どういう意味なのでしょうか?


語源をもとに考えていくと、より意味も理解できます。



~   話   ~


あるとき、虎が狐を捕らえました。

そこで、狐はこう言いました。

「虎さん、私を食べたらあなたの身があぶなくなる。なぜなら、神様は私を獣の頭領にしたのですから。もし、嘘だと思うなら、私の後ろから一緒についてくると良いでしょう。きっと、私に恐れをなしてみんな逃げていくでしょう。」


虎は狐が言ったことを確かめるために、狐の話したことを実行してみました。


すると、狐の言ったとおりに、他の獣たちは逃げていきました。


虎は獣たちが自分を恐れて逃げているのを知りませんでした。



(余談)

(北方の国々は英雄である奚恤を恐れていますが、実のところ奚恤の後ろにいる王様の軍隊を恐れているのです。)


ということを伝えたかった・・・。


                              (戦国策   楚策編)


という話です。



結局、周りの獣たちは、狐を恐れているのではなく、後ろを歩いている虎(威圧)を恐れて逃げたということから、



能力・実力もないものが、肉体的に強い人・権力のある人の威力をもとに(かさにきて)、他のものに対して、いばったり、どなったりすること


という意味になりました。



戦略の際に生まれた言葉ということは意外ですね・・・。



「かる」という漢字が、「狩る」でなく「借る」というのも納得ですね。



(小言)


この言葉は、いじめ問題にも関わりがある言葉ですね。


一人では何もできないですが、権力・力のある人が一人いると、取り巻きのようにそこへ群がっていばりちらす。


いじめが減るためには、権力や力があったら何をしても良いということを戒めていくことから、始めないといけませんね。

こうすれば、社会人になって仮に社長のような権力者になっても、威張り散らす人にはならないのかなんて考えたりさせられます。
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お久しぶりです。

タイトルの変更をお知らせします。


新たに、ことわざ・慣用句の紹介というタイトルに変更いたしました。



これからもよろしくお願いいたします。

ブログの更新が滞っておりすみません!!

怒り心頭に達する方、いや間違いました。

心頭は、心の中のことですから怒り心頭に発する方もいるかもしれません。




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なおざりないじめ教育のため、いじめがとどまらない。

おざなりないじめ教育のため、いじめがとどまらない。




さて、ここでは、「なおざり」と「おざなり」のどちらが正しいのでしょうか?



なおざり」は、漢字では「等閑」と書きます。


漢語で等閑(とうかん)と読むものを当てたものです。


直(なにもせずにいる)+ 去り(放っておく)がくっついたものだと言われています。


このことから、


なおざり:いい加減で何も対応をしないこと


という意味になります。





一方、「おざなり」は、漢字では「御座なり」と書きます。



御座敷の席で形を適当につくろったことから



おざなり:いい加減な対応をすること



という意味になりました。




この2つの違いは、対応をするかしないかの違いです。



なおざり」は、何の対応もしません。


一方、「おざなり」は、適当ではあるが何らかの対応をしています。



ですから、最初の例文では、「おざなり」の文が正しいと言えます。



(小話を一つ)


おざなりなブログを書く習慣をつけていたら、ブログを書く事がなおざりになってしまうかも・・・。
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あの人の演技、始めの頃と違ってあか抜けてきたわね。


何気なく使うこの言葉、いったい、どういう意味なのでしょうか?


これも語源を知ると、意味も納得します。



あか抜ける」は、漢字では「垢抜ける」と書きます。



垢(あか)とは、汗や皮脂などが混ざり合って皮膚の表面につく汚れです。


この垢が抜けると、体も綺麗サッパリになりますよね。




ですから、垢抜けるとは、




演技・容姿などが、素人くさいところ、田舎臭いところがなくなり、洗練される



といった意味をもつようになりました。




しかし、「垢」は「抜ける」ものではなく、「取る」ものではないかと思っていました。


そこで、「抜く」という言葉を調べてみると、


今まであったもの、付いていたものを除き去る。不要のものとして取り除く


という意味もありました。


確かに シミを抜く と使ったりしますしね。





小話を一つ



夫が妻に一言、


垢が抜けて、綺麗になったなあ。」


語源を知っていた妻は、一言、


「今までは田舎臭かったってことですか!!」


夫は無言になった・・・・・・。


語源はあまり知らない方が良い場合もありそうですね・・・。




















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1日7時間働いたのに、もらえたのは雀の涙といえるものだった。



今のご時勢では文句が言えませんね。



ところで、この言葉はいったいどういう意味なのでしょうか?



雀といえばどういうイメージですか?



そうです。鳥の一種です。



鳥は鳥でも非常に小さい部類の鳥ですよね。



その小鳥が流す涙も小さいものです。


ですから、


雀の涙とは、


非常にごくわずかな(金額)


といった意味になります。


主に金額でしか使わない言葉として浸透しています。


実際、金額以外に用いてもおかしくないように思うのですが・・・。





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